ヘイトスピーチは自分の運を下げる行為。

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差別なんて究極なもの言いをすれば、無くなるはずがない。

差別がなくなるなんてことは無い。

その差別がいかなるものであっても、そこにはされる側もする側も理由はある。

だからといって、差別を肯定することはしません。

人の尊厳に関わる差別は、いかなる理由があろうとも、あってならないものです。

でも、現実を見極めれば、無くなることはないというのが正解でしょう。

じゃ、どうやって差別に立ち向かうか?

個人的に差別をしない。関わらないというのが一番ではないのかな?

今、在日朝鮮人・韓国人に対してのヘイトスピーチが問題になっているが、それはマスコミが事実を報道してこなかった(通称報道など)事も大きな原因でしょうね。

広告業界や、テレビ局などを運営する側の体制が、日本の場合、先進国では珍しい構成だもの…

ニューヨーク・タイムズを例に考えるとわかりやすいかな?

あの新聞社、別名、チャイナタイムズって揶揄されています。

差別はなくならないが、自分がその場に関わらなければ、良いと思っている。

傍観者ではなく、、差別という行為に全く価値を見いだせないからだね。

ヘイトスピーチも今までの嘘に対しての抗議が一番なのかもしれないが、冷たい事を言えば、分析能力が欠けていただけのことだから、自己責任だよね。

あんなものに参加して、自分の運を下げることはしないほうが良いに決まっている。

全ての結果にはそうなる原因があるのだから、その原因を自らすすんでつくることはない。

 

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