公正な地方競馬 不公正なJRA

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最近、競馬生活?(馬券生活ではない。負けがこんでいるから)に復帰して思うことは、



公正という観点からの競馬観である。



昔、地方競馬は園田の事件が発端で競馬ファンの恐ろしさを身をもって知っているからという訳ではないだろうが、



審議の公正という事には十分に注意をはらっているように思える。



私が地方競馬をネットの実況で見るたびに、これは審議で失格だな?と



思える場面で、100%、失格か降着になっている。



馬券を買っている立場からすれば、安心して購入できるのである。



たまたま、自分の購入した馬券が審議対象になったとしても、パトロールをみれば納得がいくものだった。



数年ぶりなのに、いや、たった数年で、この改革は素晴らしいの一言。



グレーな競馬という興行をクリーンな競馬という興行に変えていこうとする協会の姿勢が頼もしい。



それに引き換え、JRAは何なんだ!



明らかに失格なのに、



『到達順位のとおり確定します!』



ファンの間ではオークスの問題ばかり鮮明に覚えられているようだが、沢山ある。



トゥールポピーの池添がセーフで、メジロマックイーンの武豊が何で失格だったのか?



理解に苦しむのが採決なのだ。



馬が本気で人間に逆らえば、云う事など効かない。



馬に乗った事がなくても、犬や猫でも同じことだろう。理解できるではないか?



馬も人間も個なのだ!自分がある!嫌なものは嫌なのだ。



誤解を恐れずに言うが、騎手は危険を承知で騎乗しているはずだ。



このレースが最後になるかも?って思う事もあると思う。



それでも騎乗合図がかかると命を懸けて競馬に挑んでいるのだ。



私は以前から事故など願ってもいない、人馬一体の無事を祈りながら競馬に取り組んでいる。



本命馬が予後不良になって、そのおかげで、大穴馬券を的中しても本当にうれしくはない。



いまでも同じである。



サイレンススズカの天皇賞、有馬記念のサクラスターオー、7ケタの勝負馬券を握りしめていた。



でも馬券は外れてもいい!無事であってほしい!といつも思う。



馬券は外れるのが当たり前の事と納得がいく。



競馬で当たり続けている時、明日死ぬかも?という思いで生きてきたから、



外れて方が厄落としをしているようで安心した時期もあった。



馬の故障は避けられないが、心からの願いは故障、事故は避けてほしい。



私が南関東で現役で馬券にのめり込んでいる時、馬券生活者が集まるエリアがあった。



その時、馬が故障しても自分の馬券が当たればいいと思っている連中は、やはりプロにはなりきれていない。



中途半端な奴らだった。社会に出ても通用しないわけだ。



社会で通用しない者が馬券生活など絶対に絶対に出来ない。



競馬に挑む時、人馬の安全を願ってこそ、馬券生活も安心しておくれるというものなのだ。



エセ馬券生活者が多いのは結構だが。



社会から逃げて競馬生活することは無理だ。



社会で一定以上の評価がないものも無理。



要するに誰が作ったか知らないが常識というルールに沿えない人は無理なのである。



幸にも不幸にも、それが世の中を動かしているのだからね。



大井の場立ちの予想屋が馬券で生活など出来てはいまい。



今は有名にはなったある場内予想屋は、



真面目なのは認めるが予想家業から足を洗って馬券で生活は出来まい。



私が常連だったからハッキリと言える。今は分からないけど。



私は当時、大井の大物調教師と同じマンションに住んでいたが、



立ち話程度だが、本当に参考なるお話を頂いた。



その言葉を参考に、 北海道に毎週行くようになり、競走馬を引退した馬(乗馬)に跨って、



馬を理解するように努めた。



競馬で生活するものが、馬を知らないでどうする!という事に気付いた訳だが......。



これを境に馬券の的中率は下がる一方になる。



知らないほうが良かったと思っている。



馬はフェイクの達人?だからだ。



ノーザンホースパークには良く行ったなぁ。



競馬というものは一生をかけるにふさわしい職業だとも思ったものだ。



八百長があって当たり前。それは一般社会でも同じではないか?



『今日は本命になってるけど、本当は脚元が不安なんだ』って言う場合、



私が騎手なら追わない。ファンから罵声を浴びせられようと、構わない。



このレースのために将来ある馬を予後不良にする訳にはいかない。



そういう意味では、横山典は私が大好きなジョッキーだ。



馬の状態が少しでもおかしければレースを止める。



そのおかげで助かった馬はかなりいるだろう。



長文になったが何が言いたいか?というと、



騎手競馬関係者は、馬を第一に考える環境であってほしい。



JRAはファンと競馬サークルがうまくいくように最低ラインのルールは守ってほしい。



昨年のオークスは八百長と言われても仕方がない。



そいう疑いをレースに持たせたのは、JRAだ。



馬でも池添でもないのだ。



カワカミプリンセスの時は?ヒシアマゾンの時は?



それより昨年のオークスは安全であったのか?



レースそのものに問題がなかったのであれば、池添をなんで処分したのか?



刑事裁判と同じ、疑わしきは利益にするべきではないのか?



農水省の天下り団体で利権が沢山あるJRAこそ、改革が然るべきだろう。



馬主資格が外国人に開放される事は、真の国際化には必要なのだが、



レースの公正という点を真剣に考慮して頂きたい。



外国人馬主は半端ではないよ。



国を動かす事も可能な人物だっているのだから。



採決委員長に騎乗経験者を置かなければ、公正な審議は不可能だろう。



ファンの皆様は知っているのだろうか?



採決委員に騎乗経験者、騎手経験者がいない事を。



これをもって公正な競馬と果たして言えるのか?

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